コンテンツへスキップ

カート

カートが空です


Pasandが歩いた、デリーのアートウィーク。

Pasandが歩いた、デリーのアートウィーク。

南アジア最大のアートフェア「India Art Fair 2026」とそのサテライト会場を巡る旅。94のギャラリーと24の機関が集うフェア本体から、街に点在する美術館やギャラリーの特別展まで、この一週間に出会ったものをご紹介します。

INDIA ART FAIR 2026

2026年2月5日から8日までの4日間、ニューデリーのNSICエキシビション・グラウンズで開催されたIndia Art Fair。過去最大規模の開催となりました。

会場は約18,000平方メートル。メインのギャラリーセクションに加え、工芸・建築・コレクタブルデザインの境界を横断する「デザインセクション」、屋外設置作品の「アウトドアプロジェクト」、美術館・機関による「インスティテューションセクション」で構成されます。
デイヴィッド・ズワーナー、Galleria Continua、neugerriemschneider(ベルリン)といった国際的なメガギャラリーから、インド国内のNature Morte、Jhaveri Contemporary(ムンバイ)まで、世界とインドのアートシーンが一堂に会する場です。

BMWをメインスポンサーに迎え、初日のBMW VIPプレビューから始まるフェアは、コレクター向けの先行鑑賞、一般公開、学生向けプログラムと段階的に開かれていきます。
アーティストや美術館長が登壇したJSW支援のトークプログラムが開催されたり、2026年から新設されたパフォーマンスプログラムでは、HH Art Spacesが企画しSoho Houseがサポートするかたちで、ケア・儀式・共同的想像力をテーマにしたライブパフォーマンスが会場各所で展開されました。

けれどIndia Art Fairの醍醐味は、フェア会場だけに留まりません。開催に合わせて、デリー市内の美術館やギャラリーが一斉に特別展を打ち出す。
フェアのディレクター、ジャヤ・アソカンの言葉を借りれば「IAFはもはや4日間のイベントではない」。街全体がアートの舞台になるこの一週間を、私たちPasandが歩きました。




フェアの入口に広がる、巨大なサンプラー

2026年のフェアのエントランスを彩ったのは、シンガポール拠点のアーティスト、アフラ・シャフィクによるインスタレーション「A Giant Sampler」。BMWが主催する「The Future is Born of Art」コミッションの受賞作品です。

サンプラーとは、かつて少女たちが刺繍の技術を習得するために縫った練習布のこと。シャフィクはその形式を借りて、メキシコのカエル、エジプトのマムルーク文様、インドのカシュティ鹿やマンゴー柄など、世界各地の刺繍モチーフを一枚の巨大な布に縫い合わせるように構成しました。
女性たちの手仕事の記憶と日常の営みを、巨大なスケールで可視化した作品です。布と手仕事をめぐるブランドとして、最初に出会う作品がこれだったことに、どこか運命的なものを感じました。

AMAアーティスト賞 & スワリ・クラフト賞

フェア会場内では、二つの賞の受賞者の作品にも出会いました。

AMAアーティスト賞を受賞したウマー・ラシッドは、「フレングリッシュ帝国」という架空の帝国の歴史を仮構し、その中で植民地主義や人種の問題を問い直す作家です。
紅茶やコーヒーで染めた紙に描く手法は、有色人種の肌の色や奴隷制の主要作物を素材そのものに組み込むもの。

初回のスワリ・クラフト賞(Swali Craft Prize)を受賞したナターシャ・プリーンジャ(通称Princess Pea)は、高さ約180cmの木製刺繍彫刻を展示。
しゃがむ女性の姿を母性や女性性を想起させる力強い存在感で象徴化した作品で、フェミニズム・神話・伝統工芸を交差させる実践が評価されました。
刺繍が彫刻になるという発想に、手仕事の可能性の広がりを感じます。

Pasand Travel TIPS:India Art Fairを楽しむためのヒント

・チケットは での事前購入が必須。会場での当日販売はありません。一般入場はINR 800〜。10名以上のグループ購入で10%割引もあります。
・一般公開は土日の2日間。土曜10:00〜19:00、日曜10:00〜18:00(最終入場はいずれも17:00)。じっくり見るなら、比較的空いている土曜の午前中がおすすめです。
・フェア期間中、NSIC周辺は大渋滞します。車での来場の場合は渋滞を加味して、公共交通機関ならデリーメトロのゴヴィンドプリ駅(バイオレットライン)またはオクラNSIC駅(マゼンタライン)を利用するのがベター。
・車で来場する場合、有料駐車場はGate 6付近にありますが先着順。週末は早い時間に埋まります。駐車場から会場まではバギー(電動カート)の送迎サービスが利用できるので、到着したらスタッフに声をかけてみてください。
・会場は広く、屋外インスタレーションも点在しているので、歩きやすい靴がマスト。2月のデリーは日中は過ごしやすいですが、夕方から冷え込むので羽織ものがあると安心です。
・車椅子サービス、点字ガイド、手話通訳、授乳室など、バリアフリーにも対応しています。
・会場外やサテライト会場へ足を延ばす際は、Uberの利用が便利です。デリー市内は渋滞が頻発するため、移動時間には十分なゆとりを持ったスケジュールを組みましょう。

・掲載している情報は取材当時のものです。展示内容やギャラリーの移転などにより場所が変更になっている場合があるため、訪問の際は事前に各ギャラリーの公式サイト等で最新情報をご確認ください。

サテライト会場

India Art Fairの期間中、デリー市内では複数の美術館・ギャラリーが特別展を同時開催しています。フェアとあわせて巡りたいスポットをご紹介します。

Kiran Nadar Museum of Art(KNMA)─ ティエブ・メータの重力

フェア期間中、私たちが最も足を運びたかった場所のひとつが、キラン・ナダール美術館です。

HCLテクノロジーズ創業者の妻であるキラン・ナダールが2010年に設立した、インド初のフィランソロピー(慈善支援)によって運営される私立美術館。
1万6千点を超えるコレクションを擁し、設立者自身がArtReview誌の「世界で最も影響力あるアート界の100人」に選ばれています。
インド最大の文化施設として、著名な建築設計事務所であるアジャイ・アソシエイツが設計を手がける新しいフラッグシップ棟の建設計画も進んでいます。

ここで開催されていたのが、インド近代美術の巨匠ティエブ・メータ(1925〜2009)の大規模個展「Bearing Weight (with the lightness of being)」。
メータは1947年のムンバイ分離独立暴動で目の前の殺傷を目撃した体験を創作の原点に持ち、キャンバスを対角線で鋭く分割し、コントラストの強い色面を対峙させる「ダイアゴナルシリーズ」で知られる画家です。
彼は強い造形用語を用いて、インドの神話のテーマ「牡牛や女神」を描きました。
その作品は2002年、クリスティーズで当時のインド人アーティスト作品として最高落札額を記録し、インド・アートブームの契機となったことでも知られています。



Nature Morte ─ アイ・ウェイウェイ、インドへ

デリーのコンテンポラリーアートシーンを30年近く牽引してきたギャラリー、ネイチャー・モーテ。
1982年にニューヨークのイースト・ヴィレッジでギャラリーを立ち上げたアメリカ人のピーター・ナジー。自身も現代美術作家である彼が、1997年にデリーに移住してギャラリーを再スタートさせました。

2026年1月から2月にかけて、Galleria Continuaとの共同企画でアイ・ウェイウェイのインド初個展「Time as Witness」が開催されました。

40年のキャリアを横断する作品群に加え、葛飾北斎やモネの名画をレゴで再構成した大型作品、そしてインドの伝統絵画ピッチワイやインド近代絵画の巨匠へのオマージュを主題にした新作レゴ作品も発表されました。
世界各地で活動するアイ・ウェイウェイが、インドという文脈と初めて正面から向き合った展覧会です。


※アイ・ウェイウェイ展開催当時の会場はダン・ミル敷地内。現在は上記住所へ移転。


Bikaner House ─ ジティッシュ・カラットの紙の空

ラジャスタン州ビカネール王家の旧邸宅を改装した文化拠点、ビカネールハウス。
インディア・ゲートのすぐ近くに位置し、ヘリテージ建築の趣を残しながらアート展示やパフォーマンスの場として機能しています。

ここでは、ムンバイ出身のジティッシュ・カラットによる個展「Conjectures on a Paper Sky」が開催されていました。

絵画・写真・彫刻・インスタレーションを横断しながら、宇宙・時間・都市を主題に探求を続ける作家です。
2014年のコーチ=ムジリス・ビエンナーレでは芸術監督を務めました。
今回はソロモン・R・グッゲンハイム美術館のシニアキュレーター、アレクサンドラ・マンローがキュレーションを担当。
過去10年の仕事を総括する、カラットのキャリアでも最大規模の個展でした。



National Gallery of Modern Art(NGMA)─ サティシュ・グジュラル生誕100年

国立近代美術館では、絵画・彫刻・陶芸・壁画・建築と七十年にわたって領域を横断し続けたサティシュ・グジュラル(1925〜2020)の生誕100周年記念展が開催されていました。

グジュラルは8歳のときの事故で聴力と言語能力を失い、以来アートが表現のすべてとなった人物です。
メキシコへの国費留学でディエゴ・リベラやシケイロスと交流し壁画の技法を学んだことが転機となり、インド分離独立の暴力を真正面から描いた「パーティション・シリーズ」で名声を確立。
絵画から木を焦がした立体、モザイク壁画、さらにはベルギー大使館の設計までを手がけた、ジャンルを横断し続けた表現者でした。
160点以上の作品が一堂に会する展覧会は、一人の芸術家が持ちうる表現の幅を改めて突きつけるものでした。

National Crafts Museum & Hastkala Academy ─ 布の記憶が国境を越える

国立工芸博物館では、清州工芸ビエンナーレ2025とマンチェスター大学ウィットワース美術館の共同企画「Entangled and Woven」が開催されていました。
韓国・インド・英国の8名のアーティストによるテキスタイル作品で、国を越えた布の歴史的交流を探る展覧会です。

染め・織り・刺繍といった手仕事の知識と記憶をめぐるこの展示は、テキスタイルに向き合う私たちPasandにとって、ファッションとアートの接点を考えるうえで特に響くものでした。
布は単なる素材ではなく、コミュニティの記憶と文化をつなぐ媒体でもある。
その視座は、私たちがインドの職人たちと一緒にものづくりをする中で日々感じていることと、どこかで重なっています。



Gujral House ─ 建築というもうひとつの彫刻

NGMAの回顧展とあわせて訪れたのが、グジュラル自身が設計に手を加えた旧邸宅、グジュラル・ハウスです。

2025年に修復を終え、グジュラル財団の管理のもと、企画展やトークの会場として開かれるようになった文化拠点。私たちが訪れた時はちょうど邸宅が一般公開されたタイミングで、そのオープニングを飾るイベントとして生誕100年記念の建築展「Satish Gujral 100: World of Architecture」が開催されていました。

設計図面やスケッチ、模型を通じてたどるグジュラルの建築──なかでもニューデリーのベルギー大使館(1970年代後半〜80年代)は、レンガのヴォールト天井と有機的な曲面で構成された、彫刻のような建物です。絵画から壁画へ、壁画から建築へ。平面を飛び出し、空間そのものを表現の媒体にしていったグジュラルの軌跡が、この家と展示の両方から伝わってきました。

常設の美術館ではなく、企画ごとに扉が開く場所です。訪問の際はグジュラル財団のサイトで最新の公開情報をご確認ください。

🌐The Gujral Foundation

📍16, Feroze Gandhi Road, Lajpat Nagar-III, New Delhi, 110024

巨大なサンプラーから始まり、近代美術の巨匠たちの重み、レゴで再構成されたインドの風景、そして国境を越えて受け継がれる布の記憶へ。デリーの一週間は、インドという国のクリエイティビティの厚みを体感する旅でした。次回の「India Art Fair 2027」は、2027年2月に開催予定とのこと。一年に一度、世界中からアートラバーが集うこの特別な季節に合わせて、ぜひデリーへの旅を計画してみてはいかがでしょうか。




Photography / Akemi Kurosaka
Text / Rio Hirai